鬱で凡愚なド外道のリハビリraki6104’s blog

日々の雑談を、余裕のある時に、できるだけ(´・ω・`)

それゆえに102

 亜熱帯な…やたらと湿度の高かった、鬱の私的に不調の夏が過ぎ去ったものの、季節の変わり目という次の波に揺られる今日この頃orz。何だか、底堅さ…ある種の崩れにくさはあるものの、いまいち、頭を押さえ続けられている感じです(´・ω・`)。

 ま、世はそんな私の事情に関係なく変化を続け、気が付けば、この外道な私の目に映る風景も、前回の更新から随分と変わりました(遠い目)。以前とは比べられないほどに、自ら調べて考える人々が増えつつあり、実際の行動を起こし、また、選択する人々が今後も増え行くのでしょう。

 あの「美味しんぼ」の一件同様に、かの業界もかかる世の変化には、もはや対応せざるを得なかったわけですが、ま、私的には「チッ、回避したか(´・ω・`)」な気分。無能であり、同時に悪意に満ち満ちた方々だけに、我が身に降りかかる災厄には野生動物的に敏感であったわけです。

 いや、「彼らは無能であっても、悪ではない」とする言説もありますが、少なくとも彼らは、我々多くの日本国民を犠牲として己の利得を貪る以上、同じ人間として見ていないのは明らかで、選民思想に毒された彼らにとって、我々は、せいぜい家畜程度の存在としか捉えていないのでは?

 ま、外道である私ならではのこんな問いで、人々をドン引きさせる日々なのですが、かの国々の選民様らがそうである以上、法で守られる彼らがそうならぬ理由が私には思い浮かびません。警察でこれほどの不祥事が起こるのに、彼らがその警察以上にクリーンであるはずがないのでは?(笑)

 勿論、例外的な存在は確かにいるのでしょう。しかし、例外は例外ゆえに、その組織における本流とは容易にはなり得ません。実権を持つ人々の監視、批評や批判を受け入れて、そこではじめて例外は組織の中で本流たり得るのであって、常に、善意は悪意に押し潰されるが現実(ため息)。

 わかりやすく書くならば、善意は法で縛る必要はありませんが、片や悪意は六法全書を見るまでもなく、おびただし(い)数の法によって縛られています。それほど愚かな我々人類が、法によってその立場を守られたときに、その心を腐らせずにすむのなら、そもそも民主主義など必要ないのでは?

 さあ、素晴らしきこの外道の世界にようこそ(´・ω・`)

 そんな感じで人々を凍り付かせているわけですが、ま、今回の世の動きは、市井の変化を敏感に感じ取った政権与党が、その流れ…トレンドに逆らうことなく汲み取り続けたこと、外交関係が冷え込む中でのセヴォル号沈没をはじめとする様々な出来事と、それらによる選民様らの意識の変化に加え、あの「美味しんぼ」でのAZUKI氏(さぼり記)の「風評加害」がキーでしょう。

 件の「風評加害」は、見事に彼らのその所業をその言葉でカテゴライズ(し)…分類し、その特定と同時に「加害者」のその存在を、多くの人々…日本国民に明確に印象付けることを可能とし、現実に、実際それは成功したわけです。

 少なくとも業界全体が顔色を変えて対処せざるを得ないほどに(笑)。

 この「風評加害」の言葉が、かの「反日」並に今後定着するかは、間違いなく、かの業界の今後のその動向に大きく左右されるのでしょう。以前からの持論ですが、そこは結局彼ら次第。自らを律して襟を正すか、「石持て追われる」を望むか、ね(笑)。

 勿論、私がごとき鬱で凡愚な外道を妄信するは誤り。

「勝ちに不思議の勝ちあれど、負けに不思議の負けは無し」

 ま、そもそも「勝ち負けのみ見るべからず。その流れを捉えよ」とは、かの老師のお言葉。さて、その流れを見ている選民様は、一体いかほどやら(笑)。ではm(__)m。