鬱で凡愚なド外道のリハビリraki6104’s blog

日々の雑談を、余裕のある時に、できるだけ(´・ω・`)

「こっち来んな(笑)」

 てっきり、あの鬱陶しい鬱のサイクルから抜けた、と思っていたのですが、きっちり抜け切っていませんでした…いや、まあ、そんな気もしていたのですけどね>orz。昨日は、よっぽど止めようか、とも思ったのですけれど、何とか鬱に苛まれる身体を引きずって、いつもの2週間に一度のカウンセリングに行ってきました。先生いわく、「回復基調に有ることは間違いがないから、とにかく、気長に行きましょう」といつもの如く諭されて帰宅。変更途中の薬もまた一段レベルアップしますた…ああ、もうマンドクセ>orz。

 まあ、確かに回復していることには間違いがないわけで、稼働時間こそは短いものの起きている時間であれば映画にしろ、小説などの本にしろ、他愛ない漫画にしろ、確かに以前よりは脳が物事を吸収する実感があるのですけど、何と言いますか、こう、やっぱり思っているほどには吸収できない、そんなもどかしい状態の上に、返りのビックウェーブが予想以上に大きかったりしますので、せっかくネットを彷徨ってプチ浦島太郎状態から脱しても、結局、すぐに元の木阿弥でブログ更新もままならぬ状態なわけで…ハア、いやまあ、わかっちゃいるのですけれど、ほんと、「鬱」とは良く言ったものです。鬱陶しいことこの上ないですね。

 それでまあ、いつものようにネットを彷徨っていますと、今日は半島の下から新しい外交通商相が我が国を2日間かけて訪問するとか何とか……記事を目にした途端に、反射的に「こっち来んな」とか「こっち見んな」とか思うのは、少々私も、いい加減某巨大掲示板に毒され過ぎているのかも知れません(笑)。まあ事実、彼らが我が国に来たところで、太っちょ絡みのことでは何とかの役にすら立たないどころか、隙あらばナチュラル・ボーンに足を引っ張ろうとする、かの半島クオリティ全開のファンキー・ノムタン子飼いの使者なわけで、外交上はさすがにさっさと追い返すわけには行きませんが、安倍政権にしても、できることなら本当はさっさと追い返してしまいたいのではないですかね。

 どうせ彼らのことですから、「親日反民族行為者」などとレッテル張りをして親日派を事後法で吊るし上げたり、かの国の左翼史観に反する教科書などは文字通りゲンコツで粉砕したりと、どこまでもヴァカの一つ覚えの反日振りで国内の不平不満のガス抜きを現在進行形でやっておきながら、また図々しくも援助の無心に来ているのでしょう。ま、世界番長や宗主国様からも現在シカトされているような、そんなかの国らしい情けない外交状況ですから、いつもの「最後の頼みの綱」である日本に白々しく擦り寄ってきているのでしょうが、彼らお得意の口だけの空手形を容易に信じる安部政権ではありませんからね。早速、外務省の谷内事務次官は「制裁不十分の国にはきっちりやってもらいたい」と記者会見し、政府側も、「ノムタン、ちょっとこっち来い(怒)」の姿勢ですね(笑)。

 ま、現在かの国が世界番長のハゲタカみならず、世界のハゲタカらに良い様に食い荒らされるのにも、返す返すも、あのドコまでも無能なファンキー・ノムタンを、よりにもよって大統領なぞにしてしまったことが最大の誤りであったわけなのですけど、太っちょのみならず、半島全般に詳しい重村教授によりますと、来年末ごろの大統領選挙においても、与党ウリ党と野党ハンナラ党ではその差はせいぜい5%ほどしかないらしく、ノムタンがその誘惑に負けて貢ぎ物を持って太っちょを訪問したりした日には、かの半島の民族の悪夢の日々はもうしばらく続くこととなるそうです。そもそも、かの半島の民族は、現在のかの半島の現状が悪夢であることの認識自体が非常に希薄な気もしていたのですけど、どうやらそのまんまみたいですね。ほんと、愉快な民族です(笑)。

 まあ、外交上の孤独や援助云々のこともあるのでしょうが、もっともかの国、あのファンキー・ノムタンの恐れていること、懸念していることが何かといえば、あの復党問題でようやく動き出した、あの「河野談話」見直しの動きをもっとも警戒しているのでしょう。いわゆる「従軍慰安婦」の、その根拠となる当時の日本政府による強制性の有無についてですね。以前、私は復党組みを一括りにまとめて「政治業者」と非難しましたが、その最大の理由が復党成るまで、彼らが「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」をまるで人質に取るかのようにして休眠させていたことにあります。ま、本当に国を思うのであれば仔細に関係なく活動し、既に、あの「河野談話」は現在の安倍政権の閣議で否定されていたでしょうからね。ま、如何にも古い自民党のやり口です(溜め息)。だからこそ、彼らもあの郵政解散時に追い出されたわけなのですけどね(笑)。

 ま、それはともかくとして、あの「河野談話」を見直されてしまうと、ファンキー・ノムタン、かの国は我が日本国にたかるための最後の理由が失われてしまいます。まあ、そもそもの話が、日韓基本条約の締結でその時のかの国の政府が「個人請求権」を自ら放棄していますから、つまりは、あの条約締結と共に、世界にも類のない我が日本国独自と言っても良い国家間での戦時賠償は済んでいるのですが、嘘を嘘とも思わぬかの民族は、相変わらず自らに都合の良い事柄だけ受け入れて勝手にホルホルしていたのですけど、その最後のホルホルするためのネタも今や風前の灯であるわけです。恐らく、安倍政権は春ごろには、あの「河野談話」を否定する新たな談話を閣議決定することでしょう。世界番長での、かの民族の蠢動もこれで止むこととなるでしょうね。ま、これを機会に、かの国もいい加減我が国から卒業してもらいたいものです。

 ま、私的には「こっち来んな」や「こっち見るな」と、ずっと前から思っているのですけど、ほんと、無駄に粘着質で非常に執拗なかの民族ですから、延々無駄なことに今後もその情熱を費やすのでしょうけど、その情熱を真正直に物事の積み重ねに使えば、きっと日本にはすぐ追い付くだろうし、また、追い越すことも夢ではない気がするのですけれどね(笑)。そこに気付けないのがかの半島クオリティなのでしょうね(笑)。ではm(__)m。